2011年11月15日 (火)

相馬での活動報告

 相馬で全戸訪問、目標達成しました。

 

 2011年11月7日から12日の1週間、学部生、大学院生らとともに相馬市内の仮設住宅の全戸訪問を実施しました。対象となったのは、4箇所の仮設住宅で、戸数合計は1500戸にのぼります。

 

 相馬には常磐線が使えませんので、一旦福島に出てからバスで山を越え、沿岸部にたどり着きます。以前、5月に訪ねたときには、津波でめちゃめちゃになっていた商店街も、今回は営業が再開されたお店も多く見受けられました。しかし、まだボートが路上に放置されたままになっていたり、田んぼに海水がたまったままになっていたり、その爪あとはまだまだたくさん残っています。

 

 7日には、井部学長も一緒に大学前からバスに乗りました。参加した学生さんたちが無事に相馬の宿(飛天)に到着するのを見届けて、その日のうちにお帰りになりました。なんと、学長は、ホテルにタクシーが到着するまでの10分間で、温泉に入られたのです。限られた時間を有効に活用し、尚且つ予定に間に合うという管理者ならではのタイムマネジメント魂を拝見いたしました。

 

 さて、活動は順調でした。学生さんたちが粘り強くコミュニケーション技術を駆使して住民たちの課題を掘り起こしてくれました。その奮闘記については、参加された皆さまからの気候を楽し荷にいたしております。

 

 とにかく、皆無事に目標を達成できたことに心から感謝いたします。多くの皆さまのサポートをいただきました。ありがとうございました。

 

報告者:聖路加看護大学 看護実践開発研究センター長

     山田雅子

 

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活動初日。飛天のバスで活動拠点の保健センターまで

送っていただきました。

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福島県災害支援プロジェクトコーディネーターの八重さんと石井さんです。お昼ごはんにホット一息

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2011年9月27日 (火)

郡山での個別訪問報告(入居後約2カ月を経ての状況)

9/209/22の3日間、郡山での活動に参加しました。前後を連休に挟まれたこの3日間は、11地区ずつ、3つの仮設住宅の個別訪問を実施しました。

 訪問対象は、継続フォロー者と新規入居者(の健康状態確認)で、当日の対象者は直前にその地区を訪問した保健師により、すでにセレクトされています。(まさに、聖路加チームです)今回3か所を訪問してみて、継続フォロー者数、診療所や談話室・自治会の有無など、入居後しばらく経って各地区の特徴が少しずつ出てきているところだと感じました。各地区には、社協の生活支援員さんがいらっしゃり、ご自身も被災されながら皆さん本当に一生懸命で、頭の下がる思いでした。

 今回で私達の訪問を終了した方が何名かいらっしゃいました。入居当時は知り合いもなく、生活の不安を一人で抱えていた独居のお年寄りを訪問したら、お友達が来ていました。同じ仮設で知り合った方で、お互いの家を行き来するようになり「最初の避難所で毎日死ぬことばかり考えていたことを話したら、二人とも同じだったの。生きててよかった。」と穏やかな笑顔で話して下さいました。80歳を過ぎて、新しい土地で新しい友人を見つけ、支え合っているお二人の力強さに、こちらがエネルギーをいただきました。また、別の独居の方は、支援員さん達が食事を届けたりして支えていましたが、医療ともつながり、介護保険でのサービス開始が決定しました。支援員さん、町の保健師と相談し、こちらの訪問は終了としました。ここまで活動を継続してきた仲間の努力を改めて感じた訪問でもありました。

 このように、時間が経過する中で、現地の方々の努力や被災された方自身の力、頑張りにより、少しずつ状況は変わってきています。

一方、高齢者や障害をかかえる方にとって、雇用や住環境の問題はやはり大きな壁となっており、「心が折れそうだ・・・」と訴える独居の方もいらっしゃいました。新規入居者でフォローする方も含め、継続支援を必要としている方はまだまだいらっしゃいます。

 

 郡山の位置関係も社会資源の現状も知らず、たった3日間の活動で、私にできることがあるのだろうか?そんな不安も持ちながら参加しました。確かに、現地の様子もわかり、もっと長く居られれば・・・と思う気持ちもあります。

でも、大切なのは「状況は必ず変化していく」という信念・希望を心の中に持って、たとえ今すぐに解決しなくても一緒に考える、十分に聴く姿勢であり、当然ですが日常の仕事と同じなのだと思いました。

 そして何より、現地で頑張っていらっしゃる町の保健師や生活支援員さんの活動を少しでも応援できるよう、これからも聖路加チームの活動を継続していかなければならないと思いました。

とはいえ、本来の仕事を休んでの参加には限界があるのも事実です。力を結集するために、一人でも多くの方に参加いただきたいと思います。私もできることを考え続けていきたいと思っています。

 最後に、今回ご一緒に活動させていただいたお二人の先輩に感謝いたします。全員が慣れない場所での仕事でしたが、お互いの状況を気遣い、声をかけながら積極的に協力して仕事できる環境は、本当に気持ちの良いものでした。ありがとうございました。by 鈴木かおり:旭化成エレクトロニクス(class of 1985

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聖路加チーム

ビックパレットの図書館

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2011年9月 6日 (火)

郡山市での活動報告(その3) 『走りながら考える聖路加魂』

829日(月)~92日(金)の5日間、郡山市での活動に参加しました。

震災後、自分にも何か出来ることはないかと模索していたとき、『福島支援プロジェクト』を大学HPで見つけました。仕事の調整が、家が、休みが・・と躊躇しながらも、事務局に連絡をとっていました。しかし、派遣の日程が迫ってくると、全く違う現場で仕事している自分が行っても、支援どころか、皆に迷惑かけるのではないかと後悔と緊張の毎日。阪神大震災で実家が被災したとき、支えてくれた聖路加クラスメートの顔を思い浮かべて、気持ちを奮い立たせながら郡山に向かい、初対面の聖路加メンバーと合流しました。

翌朝、一緒に活動する滋賀県湖南市、新潟県柏崎市の保健師チームと、自己紹介もそこそこに、ぺ・ヨンジュン号に飛び乗り、引継ぎ書を斜め読みしながら、仮設住宅に向かい、集会所で『健康サロン』を開催しました。「帰りたくても原発で帰れねえんだ。けど泣いたってなにも始まらないからさ。」と気丈に話してくださる参加者の血圧を測り、町民歌を歌い、体操し、一緒に笑いました。午後は一緒に活動した仲間と、意見交換、明日の準備。月~水の仮設住宅を回っての『健康サロン』開催はあっという間に過ぎていきました。週の後半は継続ケースや名前だけ書かれた新規のカルテを見ながら、これまたペ号に乗っての戸別訪問。同じ造りの仮設住宅内、番号を探しながら歩いていると「前も同じチョッキ着た人(聖路加メンバー)が話聞いてくれたんだよ」「おら元気に過ごしてるよ」「ありがとね、訪ねてきてくれて」「血圧だけ測ってもらえるか?」次々声をかけてくださいました。ここまで道を作ってくれた聖路加ファミリーの『絆』を感じつつ、私も次に繋がる道を作っていきました。

初めて出会ったメンバーで情報収集し、アセスメントして、計画作成、必要と判断したら、躊躇わずに即実行・・・、有効でないときは即計画修正、頭と身体の同時進行、走りながら考える毎日。ん?これってどこかで勉強した動き?聖路加での学びは常にこの姿勢だった気がします。

 富岡町から避難なさった住民の皆さん達、ペ号の運転手さん、富岡町の保健師さん達、生活支援員さん達、一緒に活動した湖南市、柏崎市の保健師さん達、そして愛すべき聖路加ファミリーの面々との、忘れられない出会い。また、気持ちよくボランティアに出してくれた職場や家族への感謝の思いを改めて感じ、たくさんの暖かい気持ちをもらって福島を後にしました。

福島の復興はまだまだ遠いです。あらゆるところで、人手が必要です。他府県チームの活動が終了する中(滋賀県湖南市チームは831日、新潟県柏崎市チームは913日で活動終了です)聖路加の『絆』を繋ぐ力も、充分ではありません。

どうか聖路加ファミリーの皆様、一緒に活動しましょう!私もまた参加したいと思います。

  報告者:政策研究大学院大学 保健管理センター勤務

  田中ゆり(class of 1984 旧姓吉村)

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健康サロンの司会中

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湖南市柏崎市保健師チームと記念撮影

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2011年9月 2日 (金)

郡山市での活動報告(その2)

 

829日(月)~31日(水)までの3日間、郡山市での災害支援活動に参加いたしました。

郡山市では現在、富田町、大玉村、緑が丘の仮設住宅にお住まいの方々の健康支援活動を行っています。私が参加した3日間は、健康サロンの開催日でした。8月は月~水曜日が健康サロンの開催、木・金曜日が戸別訪問というスケジュールで活動が進められていました。

今回の私の活動最終日(831日)は、ビッグパレットふくしまが避難所として閉所となる日でもありました。私はたまたまその日に活動に参加していたおかげで、「閉所式」に参加させていただくことができました。

ビッグパレットふくしまは、316日より富岡町と川内村などの方々の避難所として開所されました。831日までの約5ヶ月半の間には、最高で約2500名の方々がお過ごしになっていたのだそうです。閉所式では富岡町長(遠藤勝也氏)やビッグパレットふくしまの館長によるご挨拶の後、“ビッグパレットふくしま避難所の軌跡”という約10分間のDVDが上映されました。ビッグパレットで撮影されたたくさんのスナップ写真には、子どもたちの笑顔や人々の生活が映し出されており、その最後は“To be continued”としめくくられていました。

ビッグパレットでの避難生活は831日で終わりとなりましたが、人々の避難生活は仮設住宅などに場所を変えてまだまだ続いていきます。被災後の急性期は過ぎたかもしれませんが、人々にはまだ支援の手が必要だと思います。

3日間の活動終了後、うしろ髪を引かれる思いで郡山市を後にしました。また時間を作って活動に参加したいと思っています。

報告者:聖路加看護大学看護実践開発研究センター

    實﨑美奈(じつざきみな)

 

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富岡町長(遠藤勝也氏)

のご挨拶

共に活動した仲間と

地元のドライバーさん

 

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2011年8月 8日 (月)

郡山市活動報告

8月4日と5日の二日間、郡山の活動に行ってまいりました。

 

多くの人々が震災後にともに生活をしてきた巨大な避難所、ビックパレットも8月末をもって終了と決まったようです。災害支援としては一歩前進したように思えます。しかし一人ひとりの生活に目を向ければ、それは前進ではない場合も少なくないようです。

 

仮設住宅に移っていった人たちは、土地も家も職も失った方が少なくありません。いつになったら自宅に帰れるのかは誰にも分からない中、衣食住全てについて経済的な負担がかかると言います。せめて顔見知りの人に出会えればよいなと思い、また、ほかの人と話がしたいという住民の要望から「健康サロン」が始まりました。富田町、大玉村、緑ヶ丘3箇所の仮設住宅で、週に1回ずつ、お集まり下さい。お話だけでなく、一緒に調理をしたり、お散歩の会を作ったり、さまざま活動に発展しってほしいと願っています。

 

 今回は、聖路加看護大学大学院の同窓生で、現在広島市議会議員をしている馬庭さんとご一緒でした。これを期に自治体どおしのきずなが深まったらどうでしょう。辛い中にも希望が見えてきますように。

 

報告者 : 聖路加看護大学 看護実践開発研究センター長

      山田雅子

 

 

Cimg0008_9       「健康サロン」開催中の様子

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2011年8月 3日 (水)

いわき市活動報告(3)

 725日(月)~27日(水)までいわき市に行ってきました。いわきの活動報告(2)のように今回も民間の借り上げアパートや雇用促進住宅(いわき市内に10か所、最大規模のものは250戸あるそうです)に避難所(体育館や学校などの避難所やその他の避難地)から移動した方々の戸別訪問を行いました。日中は不在の方が多く、今回、3巡目の訪問でも、やはり不在の方もおられました。

 戸別訪問では主に健康状態をお尋ねし、不安がある方などは、お話を伺い、一緒に対処方法を考えたり、受診や薬の確認をしたり、適切な医療機関につなげていくお手伝いをしています。保健師や看護師だけでなく、栄養士や心のケアを担当する臨床心理士の方々と同行訪問をする機会もありました。居住環境の変化で、疲れやすい、不眠、食欲不振など体調不良を訴える方もまだまだおられました。引っ越し先ではご近所や地域との交流がなく、「昼間の時間をどう過ごしていいのか分からない、畑もないし、することがない」と訴える方もおられました。訪問後は戸別訪問の状況をいわき市の担当保健師に報告し、今後の継続支援の方法について考えました。近所の人を知るために、交流会などを希望する声も出ていたので、開催できればいいなと思いました。時間の流れと共に、被災者の方々のニーズも少しずつ変化しており、その変化に合わせた対応が必要だなと感じました。

(聖路加看護大学看護実践開発研究センター 田代真理)

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   アパートへの戸別訪問

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   訪問後のミーティング

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2011年6月29日 (水)

いわき市での活動報告(その2)

620日~24日まで、いわき市での活動に参加しました。前回の活動報告に書かれていた避難所の健康管理と海岸地域の個別訪問から、避難所や親せきの家などから、市が用意したアパートに引っ越した人たちの個別訪問に活動内容が移っていました。

 平日の訪問だったので不在の家も多かったですが、「不在ということは元気で仕事をしているということなのかな、それだったら少しは安心なんだけど」と思いながら、保健所からのパンフレットをポストに投函して回りました。また、会えた方たちの多くが「なんとか元気でやっているけどこの先がね…」という思いで過ごしていました。当然のことです。みなさん住む家をなくしたり、原発の影響で家があっても帰れなかったり、友達や親しい人をなくしたり、仕事をなくしたり…とにかくないないづくしの最中でした。しかし、しばらく話していると私の言葉のイントネーションが違うことに気がついて、「どこから来たの」、「わざわざ千葉(私は千葉県民です)からきてくれたの?それはありがとう」とこちらを気遣ってくださる優しい人たちでした。ありきたりの言葉ですが、一日でも早くみなさんが笑って暮らせるようになるとよいな、と思います。

 ところでいわき市はとても広い市で、東京都23区の約2倍の面積があります。各家庭への個別訪問といっても、その家(アパート)がどこにあるのか、どの道を通ると効率よく訪問することができるのかということを知っていることが、活動を順調に行うためには本当に重要になってきます。

 そこでお世話になっているのが、車を運転してくださっているドライバーの方々です。地元のドライビングスクールの方なので、道には詳しい上にとても安全運転です。また、私たちが訪問から戻るたびに「お疲れ様」と声をかけてくれたり、お昼に少しでもおいしいものを食べさせてくれようと、私たちが家庭訪問をしている間に近所の交番に行っておいしいお店を聞いておいてくれたりと、本当に気遣ってくださいます(ちなみに、交番では「おいしいお店」は把握していませんでした)。

 この活動は事務作業をしてくださったり、寄付をしてくださったりする多くの人たちに支えられて成り立っているのだと思いますが、ドライバーのお二人もそんな縁の下の力持ちの代表だと思いました。

 さて、私たちの活動拠点であるいわき市の保健所では、大分県と延岡市から派遣された保健師チームと合同で作業をしています。みなさん私たちの乗っている車に「ペ・ヨンジュン氏寄贈」と書いてあるのが気になっていたらしく、活動後に一緒に写真を撮りました。(報告者:聖路加看護大学大学院博士課程 奥裕美)

 大分・延岡チームと      ドライバーさんと               

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いわき市での活動中の生活

 

621日~23日(木)の3日間、いわき市での災害支援活動に参加いたしました。この活動への参加をご検討中の皆さまに、いわき市での活動中の生活についてお知らせいたします。

現在はいわき市内のとある会社の寮が宿泊先となっています。3Kほどのお部屋で、一緒に活動する仲間とともに過ごします。3つの個室にはそれぞれベッドが2つずつ入っており、3名以下で過ごす場合には1人で1室使うことができます。

共有スペースには洗濯機、冷蔵庫、電磁調理器、シンク、バス、トイレと洗面台があり、譲り合って使います。個室にはエアコン、テレビ、DVDデッキ、ハンガーや小物干しが準備されています。無線LANがつながりますので、パソコンを持参すれば個室で使用できます。

朝食は寮のすぐ近くにあるコンビニ等を利用し各自で準備します。現在の活動はいわき市内のアパートや仮設住宅に移られた方々の訪問が中心ですので、昼食は市内の飲食店等でいただきます。夕食は寮をお借りしている会社の食堂で準備されます。

私は助産師で訪問看護等の経験はないので、出発前には役に立つことができるのかどうか不安に思っていました。しかし、いわき市で訪問させていただいた皆さまの笑顔や保健師さん、ドライバーさん、現地で一緒に活動した仲間に助けられ、無事に活動を終えることができました。

東日本大震災や二次被害に関する報道、災害支援ボランティアは減少してきていますが、現地ではまだまだ支援が必要とされています。

“案ずるより産むが易し”。被災された皆さまを思う気持ちをリュックに詰めて、災害支援活動にご参加くださいますようお願いいたします。

報告者:聖路加看護大学 看護実践開発研究センター

    實﨑美奈(じつざきみな)

11iwaki_001_9             個室は

11iwaki_004_7 こんな感じです。

11iwaki_007_10こちらが共有スペースです。

 

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2011年5月31日 (火)

いわき市での活動報告

いわき市においては、5月はいわき市保健所の要請に従って避難所(体育館)の健康管理と海岸地域の個別訪問による健康確認を行っています。

個別訪問は地図を片手に一軒一軒のお宅を回っていき、不在なら青のマーカー、在宅なら赤のマーカー、さらに今後の健康管理が必要な方は赤ペンで地図上にチェックといった作業を行っていきました。津波の被害で地図通りには道や建物がないこともあり、地図とにらめっこしながらの訪問作業でした。しかし、迷ってうろうろしていると、近所の方が親切に教えて下さることもあり、ありがたかったです。

不在の家も多かったのですが、津波によって被害を受けた家屋の片付けで体調不良を訴える方、避難のため家族がばらばらとなり新しい環境に不安を抱く方、放射線への対応について不安を訴える方などがおられました。やはり、健康に関するニーズが、まだまだ埋もれていそうです。しかし、少しずつ地域の医療サービスも復活しており、かかりつけ医に今まで通りの薬を処方してもらったり、災害前と同じように透析に通ったり、デイサービスや往診・訪問看護サービスを受けているから「大丈夫」という声も聞かれました。

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2011年5月12日 (木)

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