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2011年9月

2011年9月27日 (火)

郡山での個別訪問報告(入居後約2カ月を経ての状況)

9/209/22の3日間、郡山での活動に参加しました。前後を連休に挟まれたこの3日間は、11地区ずつ、3つの仮設住宅の個別訪問を実施しました。

 訪問対象は、継続フォロー者と新規入居者(の健康状態確認)で、当日の対象者は直前にその地区を訪問した保健師により、すでにセレクトされています。(まさに、聖路加チームです)今回3か所を訪問してみて、継続フォロー者数、診療所や談話室・自治会の有無など、入居後しばらく経って各地区の特徴が少しずつ出てきているところだと感じました。各地区には、社協の生活支援員さんがいらっしゃり、ご自身も被災されながら皆さん本当に一生懸命で、頭の下がる思いでした。

 今回で私達の訪問を終了した方が何名かいらっしゃいました。入居当時は知り合いもなく、生活の不安を一人で抱えていた独居のお年寄りを訪問したら、お友達が来ていました。同じ仮設で知り合った方で、お互いの家を行き来するようになり「最初の避難所で毎日死ぬことばかり考えていたことを話したら、二人とも同じだったの。生きててよかった。」と穏やかな笑顔で話して下さいました。80歳を過ぎて、新しい土地で新しい友人を見つけ、支え合っているお二人の力強さに、こちらがエネルギーをいただきました。また、別の独居の方は、支援員さん達が食事を届けたりして支えていましたが、医療ともつながり、介護保険でのサービス開始が決定しました。支援員さん、町の保健師と相談し、こちらの訪問は終了としました。ここまで活動を継続してきた仲間の努力を改めて感じた訪問でもありました。

 このように、時間が経過する中で、現地の方々の努力や被災された方自身の力、頑張りにより、少しずつ状況は変わってきています。

一方、高齢者や障害をかかえる方にとって、雇用や住環境の問題はやはり大きな壁となっており、「心が折れそうだ・・・」と訴える独居の方もいらっしゃいました。新規入居者でフォローする方も含め、継続支援を必要としている方はまだまだいらっしゃいます。

 

 郡山の位置関係も社会資源の現状も知らず、たった3日間の活動で、私にできることがあるのだろうか?そんな不安も持ちながら参加しました。確かに、現地の様子もわかり、もっと長く居られれば・・・と思う気持ちもあります。

でも、大切なのは「状況は必ず変化していく」という信念・希望を心の中に持って、たとえ今すぐに解決しなくても一緒に考える、十分に聴く姿勢であり、当然ですが日常の仕事と同じなのだと思いました。

 そして何より、現地で頑張っていらっしゃる町の保健師や生活支援員さんの活動を少しでも応援できるよう、これからも聖路加チームの活動を継続していかなければならないと思いました。

とはいえ、本来の仕事を休んでの参加には限界があるのも事実です。力を結集するために、一人でも多くの方に参加いただきたいと思います。私もできることを考え続けていきたいと思っています。

 最後に、今回ご一緒に活動させていただいたお二人の先輩に感謝いたします。全員が慣れない場所での仕事でしたが、お互いの状況を気遣い、声をかけながら積極的に協力して仕事できる環境は、本当に気持ちの良いものでした。ありがとうございました。by 鈴木かおり:旭化成エレクトロニクス(class of 1985

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聖路加チーム

ビックパレットの図書館

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2011年9月 6日 (火)

郡山市での活動報告(その3) 『走りながら考える聖路加魂』

829日(月)~92日(金)の5日間、郡山市での活動に参加しました。

震災後、自分にも何か出来ることはないかと模索していたとき、『福島支援プロジェクト』を大学HPで見つけました。仕事の調整が、家が、休みが・・と躊躇しながらも、事務局に連絡をとっていました。しかし、派遣の日程が迫ってくると、全く違う現場で仕事している自分が行っても、支援どころか、皆に迷惑かけるのではないかと後悔と緊張の毎日。阪神大震災で実家が被災したとき、支えてくれた聖路加クラスメートの顔を思い浮かべて、気持ちを奮い立たせながら郡山に向かい、初対面の聖路加メンバーと合流しました。

翌朝、一緒に活動する滋賀県湖南市、新潟県柏崎市の保健師チームと、自己紹介もそこそこに、ぺ・ヨンジュン号に飛び乗り、引継ぎ書を斜め読みしながら、仮設住宅に向かい、集会所で『健康サロン』を開催しました。「帰りたくても原発で帰れねえんだ。けど泣いたってなにも始まらないからさ。」と気丈に話してくださる参加者の血圧を測り、町民歌を歌い、体操し、一緒に笑いました。午後は一緒に活動した仲間と、意見交換、明日の準備。月~水の仮設住宅を回っての『健康サロン』開催はあっという間に過ぎていきました。週の後半は継続ケースや名前だけ書かれた新規のカルテを見ながら、これまたペ号に乗っての戸別訪問。同じ造りの仮設住宅内、番号を探しながら歩いていると「前も同じチョッキ着た人(聖路加メンバー)が話聞いてくれたんだよ」「おら元気に過ごしてるよ」「ありがとね、訪ねてきてくれて」「血圧だけ測ってもらえるか?」次々声をかけてくださいました。ここまで道を作ってくれた聖路加ファミリーの『絆』を感じつつ、私も次に繋がる道を作っていきました。

初めて出会ったメンバーで情報収集し、アセスメントして、計画作成、必要と判断したら、躊躇わずに即実行・・・、有効でないときは即計画修正、頭と身体の同時進行、走りながら考える毎日。ん?これってどこかで勉強した動き?聖路加での学びは常にこの姿勢だった気がします。

 富岡町から避難なさった住民の皆さん達、ペ号の運転手さん、富岡町の保健師さん達、生活支援員さん達、一緒に活動した湖南市、柏崎市の保健師さん達、そして愛すべき聖路加ファミリーの面々との、忘れられない出会い。また、気持ちよくボランティアに出してくれた職場や家族への感謝の思いを改めて感じ、たくさんの暖かい気持ちをもらって福島を後にしました。

福島の復興はまだまだ遠いです。あらゆるところで、人手が必要です。他府県チームの活動が終了する中(滋賀県湖南市チームは831日、新潟県柏崎市チームは913日で活動終了です)聖路加の『絆』を繋ぐ力も、充分ではありません。

どうか聖路加ファミリーの皆様、一緒に活動しましょう!私もまた参加したいと思います。

  報告者:政策研究大学院大学 保健管理センター勤務

  田中ゆり(class of 1984 旧姓吉村)

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健康サロンの司会中

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湖南市柏崎市保健師チームと記念撮影

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2011年9月 2日 (金)

郡山市での活動報告(その2)

 

829日(月)~31日(水)までの3日間、郡山市での災害支援活動に参加いたしました。

郡山市では現在、富田町、大玉村、緑が丘の仮設住宅にお住まいの方々の健康支援活動を行っています。私が参加した3日間は、健康サロンの開催日でした。8月は月~水曜日が健康サロンの開催、木・金曜日が戸別訪問というスケジュールで活動が進められていました。

今回の私の活動最終日(831日)は、ビッグパレットふくしまが避難所として閉所となる日でもありました。私はたまたまその日に活動に参加していたおかげで、「閉所式」に参加させていただくことができました。

ビッグパレットふくしまは、316日より富岡町と川内村などの方々の避難所として開所されました。831日までの約5ヶ月半の間には、最高で約2500名の方々がお過ごしになっていたのだそうです。閉所式では富岡町長(遠藤勝也氏)やビッグパレットふくしまの館長によるご挨拶の後、“ビッグパレットふくしま避難所の軌跡”という約10分間のDVDが上映されました。ビッグパレットで撮影されたたくさんのスナップ写真には、子どもたちの笑顔や人々の生活が映し出されており、その最後は“To be continued”としめくくられていました。

ビッグパレットでの避難生活は831日で終わりとなりましたが、人々の避難生活は仮設住宅などに場所を変えてまだまだ続いていきます。被災後の急性期は過ぎたかもしれませんが、人々にはまだ支援の手が必要だと思います。

3日間の活動終了後、うしろ髪を引かれる思いで郡山市を後にしました。また時間を作って活動に参加したいと思っています。

報告者:聖路加看護大学看護実践開発研究センター

    實﨑美奈(じつざきみな)

 

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富岡町長(遠藤勝也氏)

のご挨拶

共に活動した仲間と

地元のドライバーさん

 

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